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THINGS I LOVE vol.5

2025.06.05feature

 

 前回(#2)の続きです。

 その後、ボクは東京へ戻り、DOLCE&GABBANAの当時のショールームに招待状が届かなかった理由を聞きに行った。話を聞いていると、その会社と本国のDOLCE&GABBANAとの信頼関係が構築されてないことがわかった。なんでも、日本人のジャーナリストに用意された席はたったの2人分。当時は海外の主要なマスコミやジャーナリストよりもトップバイヤー優先で、しかもデザイナーやスタッフの友だちが最優先に招かれたショーだったようだ。そんな身内レベルのイベントとは知らず、わざわざ海を越えて見に行った世間知らずの僕であった。まあ、いろいろと勉強にはなった旅ではあった。
 実はこのミラノ滞在中、スピガ通りでドメニコ・ドルチェその人を目撃していた。その時は彼本人だと確信できなかったのだが、数年後に会った時にはやはりあれは本人だったと思った。若くて可愛い男の子と腕を組んで歩いていた。ヴィンテージのヴァーシティジャケットにジョッパーズを合わせていた。おそらく、ゴールデンベアかスクーカムのジャケットだったと思う。デザイナーによくあることだが、自分のブランドを着ないで古着を着ていた。鋭い眼光がバチバチッときたのが印象的だった。

 PR担当者から「お詫びに」と、コレクションのビデオをもらった。毎日毎日、来る日も来る日も、僕はそのビデオを見ていた。服はもちろん、モデルのチョイス、髪型、歩き方、そして音楽などなど、すべてがそのシーズンに見たどのコレクションよりもイカしていた。それは、それまでアイビーやアメトラの文脈でしかスタイリングしていなかった僕の思考を根底から覆し、そして進化させた。デザインが奇抜なわけではなく、例えば、リーバイスやコンバースのようなスタンダードなアイテムとも合わせやすいというところに凄みを感じた。

 流れていた曲は「ジーザス・クライスト・スーパースター」「サムシング・ゴット・ミー・スターテッド」「ウイズ・オア・ウイズアウト・ユー」などで、まだヒップホップは一曲も使われていなかった。今ではランウェイでラッパーの曲が入っているのは常識だが、当時、ヒップホップとミラノやパリのコレクションはまだ距離があった。今で言うストリートカルチャーの影響は小さく、音楽シーンもヒップホップ前夜だったと思う。特にこのコレクションは、60年代のロンドンベースのファッション(カーナビーストリートなど)をシチリア風に解釈したようなものだった。綻びたニットキャップを合わせたり、ルーズなローゲージのカーディガンを腰に巻いたり、ハイゲージニットを重ね着にしたり・・・当時騒がれていたグランジの要素を、さりげなくシチリア羊飼いスタイルに取り入れていたのがクールだった。それらは、僕の脳と胸に響きまくる超印象的なショーだった。一体、どうやったらこんな力強いコレクションが作れるのだろう。僕は、彼らの数少ないインタビュー記事を参考に、ルキノ・ヴィスコンティの映画「山猫」や、フェデリコ・フェリーニの映画「甘い生活」、「道」などを徹底的に見た。また、イタリア人の建築家が気になりだして、アルド・ロッシについて調べたりしてのめり込んだ。


 1992年の春夏秋冬、僕の頭とハートは、丸1年、DOLCE&GABBANA一色だった。そして、1993年の1月には、無性にカーナビーストリートを見たくて、ミラノとパリのコレクションの前にロンドンに寄った。「PATRICK COX」や「Agent Provocateur」の店を見に行きたかったのだが、泊まったのはオスカー・ワイルドで有名な「カドガンホテル」(現在のザ・カドガン・ベルモンド・ホテル)。スローンストリートのホテル近くにはジョーンズ(セレクトショップ)があり、そのメンズフロアで探していたDOLCE&GABBANAのパッチワークジャケットに出会ってしまった。前年の6月のコレクションのときにはミラノの店には未入荷だった秋冬アイテム。サイズは50だった。僕は通常、サイズ48だが、あまりにも欲しかったのと、デザイン的にも肩幅が狭めだったので、「50でちょうどいい!」と自分に言い聞かせて購入。そのまま、ミラノ、パリとコレクションを周り、それを着てパリで「José Lévy」の会場に行くと、ショー開始前、スージー・メンケス女史が、ランウェイを横切って僕のところへ来てこう言った。「あなたの着ているジャケットはどちらの?」。当時は彼女が何者かも知らず、「DOLCE&GABBANA!」と元気に答えた。その後、彼女がフェラルドトリビューンの著名な記者だと知り、嬉しかった。

DOLCE&GABBANAらしい柄の数々が丁寧にパッチワークされたジャケット。サイズは合っていないけれど、一生手放せない。

 DOLCE&GABBANAは、以降1994年にデフュージョンブランドとしてD&Gを発表。日本でも馴染みのある人気ブランドとなっていくが、2012年春夏コレクションを最後に〈DOLCE&GABBANA〉に集約された。源流にシチリアの世界観を感じさせる彼等のコレクションは、今もミラノコレクションのトップメゾンとして君臨している。

購入から30年以上が経ち、体型も変わったというのにいまだにブカブカのジャケット。なぜこれが当時「ちょうどいい!」と思えたか、謎。

■祐真朋樹(@stsukezane
1965年京都市生まれ。マガジンハウス『POPEYE』編集部でエディターとしてのキャリアをスタート。現在は雑誌のファッションページの企画・スタイリングの他、アーティストやミュージシャンの広告衣装のスタイリングを手がけている。コロナ以前は、35年以上、パリとミラノのメンズコレクションを取材していた。

THINGS I LOVE vol.4

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