THINGS I LOVE vol.4
2025.05.22feature


前回(#1)の続きです。
ドメニコ・ドルチェの父親がシチリアのテーラーであり、母親は生地と衣類の販売をしていたというのは有名な話だ。DOLCE&GABBANAのメンズコレクションのテーラードの仕立ての良さは、そんなバッググラウンドが大きく影響していると思う。そして彼らは、シチリアの羊飼いや漁師といった労働者のスタイルや、映画『山猫』に描かれたようなパレルモの貴族のスタイルにも感化されており、それらすべてと彼ら独自の感性が融合した結果こそ、あの独特のスタイルなのだと思う。
僕が初めてミラノコレクションを見に行ったのは1992年の1月。ミラノへ入る前に彼女とシチリアへ行く計画を立てた。パレルモの小高い丘の上のホテルに到着してすぐ、僕たちは街の中心部へ出かけることにした。彼女が当時大流行していたフェンディのハンドバック(バゲット)を小脇に抱えてレセプションの前を通ると、コンシェルジュに呼び止められ、「そのバッグはみんなが関心を持つから、部屋のセーフティボックスへ入れて出かけた方がいい」と言われた。つまり、引ったくられるから置いていけ、とアドバイスしてくれたのである。おまけに、「僕は仕事が終わって今から家へ帰るので、あなた方を車で街まで送りましょう」と言ってくれた。通常、五つ星ホテルのコンシェルジュが客にこんなことを提案することはない。パレルモならではのことだと思う。ちなみに、オシャレで楽しいコンシェルジュだった。
街に着くと、とりあえずDOLCE & GABBANAを扱っていそうな店を探した。今のようにグーグルなど存在せず、もちろん「地球の歩き方」にも出ていない。ドメニコの地元だからきっとあるに違いないと思い込んでいたのが浅はかだった。まだコレクションを発表したばかりのブランドであり、1号店はどう考えてもミラノに作るのが当たり前である。結局、いろいろと調べて1軒だけ取り扱いのある店にたどり着いたのだが、イメージしていたようなアイテムはなく、けれどとにかく何かを自分のものにしたかった僕は「何でもいいや」の勢いでジャケットとベストを購入した。

その後、ミラノへ移動して、ホテルピエールに彼女とチェックイン。以前、男友だちと来たときのイタリア貧乏旅行とは違い、彼女といるだけで楽しかった。が、ホテルに届いているはずのコレクションのインビテーションが届いていない。慌てて日本のPRに連絡を取るが、今のようにメールはないので、時差を気にしながら電話をするしかなく、超不便であった。結局、ショー当日までインビテーションは届かず。DOLCE&GABBANAのショーを見るために来たのに無駄足となった。
不満を抱えたまま帰るのも悔しいので、ミラノのスピガ通りにあった小さな店に入った。思えばその店こそがDOLCE&GABBANAの1号店(メンズのみ)だった。そこにはなんと、見たことのない春夏のコレクションが店内いっぱいに置かれていた。こんなにたくさんのDOLCE&GABBANAを見たのは初めてで、大興奮!
そこでは、僕より先に店に来ていたジャン・レノ似のイタリア人がファッションショーの如く、次から次へとひっきりなしに新作を試着していた。なんて奴だと思いながら、僕もその隙を狙って、一つしかないフィッテイングルームでジャン・レノ似と代わる代わる試着を重ねた。もう、どうにも止まらない。
店内の客は僕たち2人だけ。店は狭くてこれ以上客が入ったら大変なことになる。店長のステファノは、鍵を閉めて新しい客は入れなくしていた。ガラス張りの店だったので、待ち客が外に立って店内を覗いていた。シチリアではハズレ。期待していたランウェイも見に行けなかった僕の物欲が一気に爆発した。その店でのプライスは、確か日本で買う3分の1くらいだったと思う。図らずも観客付きの公開ショッピング状態となり、僕は燃えた。
と、そんな中、ジャン・レノ似と取り合いになったのがジュートジャケットだった。彼が試着する姿を見て、「僕も欲しい」と伝えたら、「今、店にあるのはこの1点だけ」、「どうしても欲しいなら明日、店に届くけど・・・」と、ステファノに言われた。僕はどうしてもそれが欲しくて欲しくてたまらなくなった。こんな服見たこともないし、着たこともない。ただ、翌日の午前11時にはリナーテ空港へ行かないと帰国便に乗り遅れる。10時前には受け取りたい旨をステファノに伝えると、「わかった。僕が10時前に店に持ってくるよ」。僕は「グラーチェ!」と叫んで飛び上がった。ジャン・レノ似も僕の喜びぶりに呆れて笑っていた。翌日、9時半頃に店に着くと、ステファノがガーメントケースを二つ抱えてやってきた。何て親切な人なんだろうと、胸が熱くなった。ステファノはサイズの違う2着を持って来てくれたのだ。僕は両方を試して、サイズ48を選んだ。ステファノがカフェドッピオを淹れてくれて、「では、いい旅を」と見送ってくれた。

結局、ミラノではこのジュートジャケットと純白のリネンジャケット、オフ白のストレッチジャケット、ベストを2枚、ストレッチTシャツを1枚、そしてタンクトップの白と黒を1枚ずつ購入。そしてスティーブン・マイゼル撮影の、とびきりクールなカタログをもらった。
この続きは次号へ。次回がDOLCE&GABBANAの最終回となります。

■祐真朋樹(@stsukezane)
1965年京都市生まれ。マガジンハウス『POPEYE』編集部でエディターとしてのキャリアをスタート。現在は雑誌のファッションページの企画・スタイリングの他、アーティストやミュージシャンの広告衣装のスタイリングを手がけている。コロナ以前は、35年以上、パリとミラノのメンズコレクションを取材していた。