THINGS I LOVE vol.17
2025.11.20feature


「サンローラン」と言えば、今ではアンソニー・ヴァカレロがクリエイティブ・ディレクターを務めるブランドだが、元はと言えば「モードの帝王」と呼ばれたイヴ・サンローランが1961年に創設したブランドである。
「シャネル」「ディオール」「サンローラン」。これら3ブランドは、パリのファッション界における大いなる遺産と言って間違いない。しかし、僕がパリのメンズコレクションを見に行き始めた1990年前後は、イヴ・サンローランのコレクションはお世辞にも誉められるものではなかった。その頃の「サンローラン」に対する僕の印象は、「誰が着る服なの?」。誰にどう着て欲しいのか、皆目わからないブランドだった。そのため、ショーは1989年か90年に一度見たきり。パリコレに行っても、エディ・スリマンがメンズをディレクションするようになっても初期の頃は見ていない。1998年までは、パリコレへ行っても見ることはなかった。
実際、90年代は日本での展開も方針が曖昧な時代だったと思う。僕が子供の頃(1980年前後)は、日本ではYSLのマークが夥しいライセンスブランドに使われていて、トイレのスリッパや便座カバーにもなっていたと思う。そんな現状と、イヴ・サンローランの天才的なイメージ(例えばジャンルー・シーフが撮影した裸のポートレート姿)とが共存していて、なかなか実情が掴みづらい存在だった。が、エディ・スリマンと知り合ってからは、サンローランの偉大さが徐々にわかって来た。
特に1999年にグッチがサンローランを買収し、トム・フォードがイヴ・サンローランにクリエイティブディレクターとして乗り込んだ時は、周囲の業界人の怒りや妬み節をたくさん見たり聞いたりしたものだ。それはむしろ、僕にトムの業界での存在感や周囲のリスペクトの凄さの現れであったはずだ。
トム・フォードが最初に発表した『イヴ・サンローラン』のコレクションでは、赤いベルベットのジャケットに一目惚れ。当時は、ディオール・オムに夢中だったが、その半年後、ミラノコレクション会期中に新しくオープンしたミラノの『イブ・サンローラン』の店に中田英寿さんと一緒にGO。オーバーサイズのステンカラーコートとバギーパンツを購入した。その頃は着る機会が少なかったが、最近見ていると、作りのクオリティがとにかく素晴らしい。さすがトム・フォード!と痛感している。
その後の2012年、エディ・スリマンがブランド名を「イヴ・サンローラン」から「サンローラン」に変更。再び、激しい豹柄ジャケットや金ボタンのネイビージャケットなどが登場し、僕はそれらを手に入れた。
イヴ・サンローランの映画は過去に何本か見ている。でも同時代に生きたわけではないので、なかなか実感がわかないのが正直なところ。だが、そんな僕でも、彼のクリエーションが天才だったということだけはよくわかった。
一度、カフェ・ド・フロールで、イヴ・サンローランの永年のパートナー、ピエール・ベルジェを見かけたことがある。ハンサムな青年を連れてお茶を飲みながら、鋭い眼光で店内を見回していた。その独特な雰囲気は近寄りがたいオーラを放っていたが、たまたま一緒にいた人が彼を知っていたので挨拶をすることに。握手をして、それなりにハグをした。
その後、店内を見回す彼の視線と僕の目線がぶつかると、彼はにっこり微笑んだ。僕はその瞬間、何故か嬉しかった。カフェ・ド・フロールには、パリへ行くと必ず数回は行っていた。1997年から2006年までは、メンズコレクションの時期に誕生日があったので、パリに来ている業界のみな様にお祝いをしていただいた。かけがえのない思い出である。カフェ・ド・フロールへは、通常二、三人で行くケースが多かったが、一人で行くこともあった。業界人を見かけることはすこぶる多く、コレクションウイークとなると、カール・ラガーフェルドは生前、毎晩のように来ていたような気がする。僕も毎晩系の一人だった。一方、イヴ・サンローラン本人には一度も挨拶ができなかったが、一度、エディ・スリマンのディオール・オムのデビューコレクションで氏の真後ろに座ることがあったが、この時が一番近くに迫った時だった。サンローランの隣は女優のカトリーヌ・ドヌーブだったと思う。サンローランの存在感は半端なく、威厳を感じた。
ところで、このシーズンのトム・フォードの「イヴ・サンローラン」デビューコレクションには、サンローランは見に来ていなかった。が、ディオール・オムのエディ・スリマンのショーは見に来ていたのには驚いた。イヴ・サンローランを題材にした映画は何本かあるが、僕は「イヴ・サンローラン」と「サンローラン」、「アンドレ・レオン・タリー 美学の追求者」などを観ている。いずれも、イヴ・サンローランの天才ぶりが、よくわかるが、短期間で3本観るとわかりやすい。そして、今もメンズにおいては、イヴ・サンローランが残した「ラペルが大きく腰のシェイプが効いたジャケット」がトレンドとして蘇ったりする。イヴ・サンローランの遺産から学ぶことは多いと思う。古くはアルベール・エルバス、そしてトム・フォード、エディ・スリマン、アンソニー・ヴァカレロ・・・彼らも皆、その遺産に導かれたはずである。

(右)まったく記憶にないのだが、なぜか内ポケットに漢字で名前が刺繍されている。


(右)“イヴ”が取れた「SAINT LAURENT」の織りネーム。


■祐真朋樹(@stsukezane)
1965年京都市生まれ。マガジンハウス『POPEYE』編集部でエディターとしてのキャリアをスタート。現在は雑誌のファッションページの企画・スタイリングの他、アーティストやミュージシャンの広告衣装のスタイリングを手がけている。コロナ以前は、35年以上、パリとミラノのメンズコレクションを取材していた。